大判例

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浦和地方裁判所 昭和54年(モ)510号 判決

債権者

生亀アサエ

右訴訟代理人

飯野仁

石田和雄

債務者

浅地正元

主文

債権者と債務者間の当庁昭和五四年(ヨ)第一二一号土地明渡仮処分命令申請事件について、当裁判所が昭和五四年三月二二日になした仮処分決定はこれを認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  債権者

主文第一項同旨の判決

二  債務者

主文第一項記載の仮処分決定(以下「原決定」という。)を取り消す旨の判決

第二  当事者の主張

一  申請の理由

1  別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)はもと高田良平の所有であつたところ、債権者は昭和四四年九月一七日右高田良平から同土地の贈与を受け、昭和四九年九月二五日右贈与を原因とする所有権移転登記を経由した。

2  債務者は本件土地を占有している。

3  そこで、債権者は債務者に対し、本件土地所有権に基づき同土地の明渡請求訴訟の提起を準備中であるが、次のような理由により、その訴訟の進行を待つていることはできない。すなわち、

(一) 本件土地上には昭和五三年九月に倒壊した建物の残骸があるところ、債務者は債権者が右残骸を取り片付けしようとするのを拒み、かような、状態を長引かせる目的で、毎日ではないが、右残骸の中にもぐり込み、宿泊している。

(二) 債権者は所轄消防署より現状のままでは危険である旨の警告を受けており、右残骸が更に倒壊することにより、いつ何時、債務者や近隣の子供達が人身事故に遇うか分らない状況である。

(三) 債権者は、本件土地の明渡を受けたのちには、大工をしている弟の協力を得て同土地にアパートを建築し、老後の生活基盤にしようと考えているが、現在のままでは同土地を利用することができない。

4  よつて、本件仮処分申請を認容した原決定は正当であるから、その認可を求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1のうち本件土地がもと高田良平の所有であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)ないし(三)の事実は不知ないし否認する。

4  同4の主張は争う。

三  抗弁

1(一)  本件土地上にはもと高田良平所有の埼玉県蕨市北町一丁目三五七九番地所在家屋番号蕨甲五七九番木造瓦葺平家建居宅一棟二戸建床面積64.46平方メートルのうち西側の一戸床面積34.71平方メートル(以下「本件建物」という。)があつたところ、債務者は、昭和一六年ころ、本件土地の所有者でもあつた右高田良平から、賃貸借期間の定めなく、本件建物を賃借し(以下、「本件賃貸借契約」という。)、その引渡を受けた。

(二)  よつて、債務者は右賃借権に基づき、本件建物の使用収益に必要なものとして本件土地を占有している。

2  仮に本件賃貸借契約が終了したとしても、本件建物が倒壊したのは当初の家主である高田良平のした相次ぐ工事により建物の破壊が始まつていたのに、その後、債権者が右事実を知りながら必要な修理工事をしなかつたことによるものであり、また、倒壊した本件建物の下には債務者所有の厖大な物品が下敷になつており、短かい日数では発掘することができず、どこかに運び出すとしても債務者にはその資力もなく、運び入れる場所のあてもないから、原決定は債務者に回復不能の損害を与えるものであり、本件土地の即時明渡を求める本件仮処分申請は権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は認めるが、同(二)の事実は否認する。

2  同2の事実は不知ないし否認する。

五  再抗弁(抗弁1に対し)

1  高田良平は昭和四七年九月一五日死亡し、同人の子である高田和夫が相続により本件建物所有権を承継取得したのち、債権者は昭和四八年八月三日右高田和夫から同建物の贈与を受け、同月四日右贈与を原因とする所有権移転登記を経由し、本件賃貸借契約における貸主の地位を承継した。

2  債権者は、昭和四九年、債務者を被告に相手どり、正当事由に基づく解約申入による本件賃貸借契約の終了等を理由として本件建物の明渡請求訴訟(浦和簡易裁判所昭和四九年(ハ)第四四号。以下「前訴訟」という。)を提起し、同訴訟における昭和五一年一一月一七日の口頭弁論期日において、正当事由を補完するものとして立退料一〇〇万円を支払う用意がある旨主張したところ、同裁判所は昭和五二年六月二七日、債権者の右主張をほぼ認め、債権者の解約申入は立退料として一五〇万円の提供がなされることを条件とするときは借家法一条ノ二所定の正当事由があり、したがつて、本件賃貸借契約は昭和五一年一一月一七日から六か月を経過した昭和五二年五月一七日の経過により終了したものであると認定して、債務者に対し、債権者から一五〇万円の支払を受けるのと引換に本件建物の明渡をなすことを命ずる債権者勝訴の判決を言渡し、同判決に対しては債務者より控訴(浦和地方裁判所昭和五二年(レ)第三五号)が申し立てられたが、債務者が控訴審における口頭弁論期日に出頭せず、休止満了により控訴取下が擬制され、同判決は遡つて昭和五二年七月一九日確定した。

したがつて、本件賃貸借契約は右判決の認定どおり昭和五二年五月一七日の経過により終了した。

3  仮に右事実が認められないとしても、本件建物はかなり老朽化した建物であつたところ、昭和五三年九月一七日突然倒壊し、残骸になつた。

したがつて、本件賃貸借契約は、同日限り、その目的建物の消滅により終了した。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は不知。

2  同2、3の事実はいずれも否認する。

第三  疎明〈省略〉

理由

一申請の理由1のうち本件土地がもと高田良平の所有であつたこと及び同2の事実はいずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、債権者は昭和四四年九月一七日右高田良平から本件土地の贈与を受け、昭和四九年九月二五日右贈与を原因とする所有権移転登記を経由したとの事実を一応認めることができ、右認定を左右するに足りる疎明資料はない。

二次に、抗弁1(一)、(二)の事実は当事者間に争いがないので、再抗弁について判断する。

1  〈証拠〉によれば、再抗弁1の事実を一応認めることができ〈る。〉

2  次に、〈証拠〉によれば、再抗弁2の事実を一応認めることができ、右認定に反する証拠はない。

したがつて、本件賃貸借契約は、前訴訟についての債権者勝訴の判決確定により、昭和五一年一一月一七日から六か月を経過した昭和五二年五月一七日限り終了したものと認められる。

3 ところで、本件仮処分申請の被保全権利は、本件賃貸借契約の終了による本件建物明渡請求権を訴訟物とする前訴訟と異なり、本件土地所有権に基づく同土地明渡請求であることは債権者の主張上明らかであるが、債権者の勝訴に帰した前訴訟の判決内容は前記のとおり債権者よりする一定の立退料の支払と引換に債務者に本件建物の明渡を命ずるものであることにかんがみれば、本件建物及びその敷地である本件土地の所有者である債権者が、本件土地について、立退料の支払をすることなく、無条件の明渡を求めることができるのは、単に本件建物についての賃貸借契約が終了したことのみでは足りず、その後において右賃貸借の目的たる建物が滅失し、債務者がその占有を失うなどして本件建物を占有すること以外の方法により本件土地を占有している場合であることを要するものと解すべきである(そうでない限りは、前訴訟の判決に基づき本件建物明渡の強制執行をすべきものである。)ところ、債権者の再抗弁3の主張はかような意味を含んでいると解せられるので、次にこの点について判断する。

〈証拠〉によれば、本件建物は昭和一六年ころ高田良平が貸家用として建築した木造瓦葺平家建居宅一棟二戸建のうち西側の一戸であり、その後、永年の経過により老朽化し、ほとんど無風状態ともいえるような天候であつた昭和五三年九月一七日、自然の推移により、突然、四囲の柱が折れ、屋根が落ちて完全に倒壊し、残骸をさらす状態になつたとの事実を一応認めることができ、債務者本人尋問の結果中、右認定に反する供述部分は前掲各証拠に照らし措信し難く、他に右認定を左右するに足りる疎明資料はない。

そうして、右認定事実によれば、本件建物は、前訴訟の判決確定後である昭和五三年九月一七日に滅失し、存在しなくなつたものであり、それゆえ、債務者による本件土地の占有は、本件建物を占有することに基づき間接的に同土地を占有しているものではなく、同建物の占有なくして直接に同土地を占有しているものであると認められる。

三そこで、抗弁2について判断する。

1  被告は、本件建物が倒壊したのは高田良平のした相次ぐ工事により建物の破壊が始まつていたのにその後債権者が右事実を知りながら必要な修理工事をしなかつたことによるものである旨主張するところ、〈証拠〉によれば、本件建物はもともと一棟二戸建のうちの西側の一戸であつたが、昭和四一年ころ、当時の所有者高田良平により、東側の一戸が切り取られ、解体されたものであり、そのため、残つた本件建物が東側に向かつて若干傾くようになつたことがあつたとの事実を一応認めることができるが、他方、〈証拠〉によれば、高田良平が右のとおり東側の一戸を切り取つたため生じた本件建物の傾きはその後止まり、昭和一六年ころに本件建物を賃借した債務者(賃借の点は争いがない。)はそのあとも引き続き住居として使用し、昭和五三年九月までの約一二年間にわたり台風や地震にも耐えてきたものであること、債務者は本件建物が倒壊する八か月位前の同年一月、本件建物から小火を出したことがあり、そのため消火に出動した消防車が本件建物に水をかけ、屋根が水をかぶり重たくなるなどして本件建物の損傷を早めたとの事実が一応認められるものであつて、右認定事実によれば、高田良平のした前記切り取り工事が本件建物倒壊の原因であるとは認めることができず、右高田良平より贈与を受け本件建物の賃貸人となつた債権者が本件建物の破壊が始まつているのを知つていながら必要な修理工事をしなかつたことが本件建物倒壊の原因であるとの事実もこれを認めるに足りる疎明資料はない。

2  〈証拠〉によれば、倒壊した本件建物の下には債務者所有の家財道具など多数の物品が下敷になつたこと、債務者は無職で、老齢でもあること、しかしながら、債務者には妻のほか、成人して独立した子供が三名いること、本件建物の倒壊後、債権者が本件仮処分申請した昭和五四年三月一二日(この日時は記録上明らかである。)までの約六か月間、債務者は、前記物品を他所に運び出したりなどせず、放置していたとの事実が一応認められ、他に右認定を左右するに足りる疎明資料はない。

そうして、以上認定の事実によつては、債権者の本件仮処分申請が債務者に回復不能の損害を与えるものであつて権利の濫用であるとまでは認めることができず、他にこれを認めるに足りる疎明資料はない。

したがつて、債権者は債務者に対し、本件土地所有権に基づく同土地の明渡請求権を有するものということができる。

四次に、保全の必要性について判断する。

〈証拠〉によれば、本件土地上にあつた本件建物が前記のとおり昭和五三年九月一七日自然倒壊したのち、債務者は、本件仮処分申請ないし原決定が発令されるまで、債権者から取り片づけについての協力を求められたのにこれに応ぜず、倒壊した屋根の下にもぐり込み、寝泊りするという異常な方法による生活をしてきたこと、債務者はその間、本件建物の残骸のある場所で七輪を使用して火を炊いたり、糞尿をたれ流しにしたこともあり、極めて不衛生で、近隣の者に火災や二次倒壊の危険を感ぜしめ、そのため、債権者の許に近隣から右残骸を早急に取り片づけてほしい旨の苦情も寄せられたこと、債権者(昭和七年生)は会社員として働いているが、独身であり、本件土地の明渡を受けた際には、大工をしている実弟の協力も得て、本件土地上にアパートを建て、その一部を自己の住居に使用し、その余の部分を他人に賃貸し、その賃料で生活できるようにして老後における生活の基盤を確保したいと考えているが、右残骸のあるままでは本件土地を利用することができないこと、他方債務者は本件建物の倒壊した当時、妻とは離れて生活し、単身居住していたにすぎなく、本件建物において事業などを営んでいた訳ではないこと、以上の事実が一応認められ、右認定を左右するに足りる疎明資料はない。

そうして、右認定事実によれば、債権者には、権利の実現に相当長期間かかることが予見される本案訴訟の提起、追行を待つことを期待するのが困難な事情があるものと認めることができる。

したがつて、本件仮処分申請には保全の必要性もあるといえる。

五以上の次第であるから債権者の本件仮処分申請を認容し、本件土地の明渡を命じた原決定は正当であるからこれを認可することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(榎本克巳)

物件目録〈省略〉

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